2012年9月13日木曜日

カトリック教会で共助組織の方からの相談、「原発なくそう」署名

 11日の朝の宣伝は港区西稲永です。午後はカトリック教会の中の有志が出資して共助組合として、組合員にお金を貸していたのを「貸金業」の登録を記に日本共助組合の支部として活動をおこなってきたが、貸金業法が改正され、その下で業務を続けていくことが困難な状況であることから、続けていくためのご相談を受け、佐々木憲昭議員の秘書が対応してくれることになり同席しました。「ひとりでも困っている人がいる限り続けていきたい」と言われ、続けていけるよう東京財務局との懇談について援助することなど話をしました。
夕方は熱田区の民間保育園前で「原発なくそう」の署名に取り組みました。日本共産党保育後援会に入っている保育園職員が声をかけるのでほとんどの方が署名に応えてくださり、175名分が集まり、赤旗新聞を購読してくれる人も新しく2人増えました。   昨日は休暇でまた泳いできました。1週間に一回の水泳はとても貴重です。健康管理にはかかせません。
今日は午前中は会議の準備、このあと革新あつたの会の会議です。今、久しぶりにカレーを作っています。                                

2012年9月8日土曜日

4区全てで街頭宣伝、点字裁判の判決

 今週の主な活動は街頭での訴えでした。4日は熱田区、6日は南区、7日は瑞穂区と港区。
どこでも「頑張ってください」「いよいよ選挙ですね」など声をかけてくださる方が多くなったような気がします。
実は南区は新瑞小橋、瑞穂区は新瑞バスターミナルと川の南と北という場所でした。
新瑞バスターミナルでは道路の向こう側で自民党宣伝カーが先に来ていたので15分ずらしておこないました。なんだか自民党が「原発をなくして、自然エネルギーの活用」と話していたようでした。原発を推進し、再稼働に賛成したのをどう説明するのか聞きたい思いです。
瑞穂区の宣伝のあと午前中は会議、午後は港区でのキャラバンで4箇所で街頭宣伝、2箇所は「もとむら伸子さん」も一緒でした。ここには後援会の人たちが集まってくれ、ビラを配ったり、パネルを持ってくれたりと、盛り上げてくれました。夜は熱田区での毎週金曜日おこなっている「原発なくそうちょうちんパレード」に参加です。今回は「赤旗新聞を見てきました」と中区、南区、港区からも参加されていました。 
この日は友人の点字裁判の判決がテレビや新聞で報道されていました。名古屋市は2006年の審査で「4」と認定していたのを2009年の認定で軽度の「1」に引き下げました。「生活は何も変わっていない、納得いかない」と代理弁護士を立てないで点字の訴状を出して裁判をたたかってきました。今回の判決は「市の審査は法令等の基準と合致しており、認定に不合理な点は認められない」としました。梅尾さんは「判決文の点訳など、裁判所の努力は評価したい。しかし判決内容は障害者の困難や悲しみは全く考慮されておらず、怒りを感じます」と語りました。長い付き合いですが、懸命に仕事をし、家事も器用にされている姿を見てきました。でも明らかに健常者とは違います。ほんとうに障害者の生活実態を考えない不当な判決に怒りを感じます。      



2012年8月31日金曜日

街頭宣伝、赤旗新聞のおすすめ。ちょうちんパレード

 今週は郡上踊りの写真を持って港区の参加者を訪問しました。「楽しかった。また参加したい」とみなさん写真を受け取って喜んでいただきました。その中で日曜版の購読を休んでいらした方が「選挙近そうですね。頑張ってもらわなあかんのでまた読んで応援します」と購読を約束してくれました。別の家では参加された方がお留守で娘さんにお渡ししました。その時「共産党はなんで尖閣諸島や竹島問題で賛成しなかったの、反対したのは納得いかない」とおっしゃたので「今回の決議の中身では根本的解決にならない。中国とも韓国とも歴史の事実を示して領土問題として話し合うことが大切です。」と竹島問題での韓国との話し合うに日本の領有権が決まった時に韓国には外交権がなく意見を述べることができなかったことや日本が韓国に侵略していった事実に反省も謝罪も示していないことが問題の解決の扉を閉ざしていることからまずそこから始めなければならないと話すと、「そんなむつかしいことはわからない」と聞いてもらえませんでした。
娘が知多のひまわり畑に行ってきました。
 30日の朝の宣伝は瑞穂区でした。ある女性がよってきて「赤旗新聞を取ることにした。本当は党にも入りたいんです」と言われたのでお名前を聞いて、あらためて入党のおすすめに伺うことにしました。

31日の朝の宣伝は港区、午前中は熱田区での新聞のおすすめ、午後は港区での行動です。昨日と今日で6人の方が赤旗新聞の購読を約束してくれました。夜は熱田区で恒例になりました「原発なくそうちょうちんパレード」です。今日は千年から初めて参加してくれた方、地元なのでと初めて参加したくれた方がいて商店街や団地、住宅街をパレードしました。このあと娘と待ち合わせをして近所の中華の店で食事しました。

2012年8月29日水曜日

宣伝活動、被爆者の方のお話し

 パソコンの調子が悪くてまとめて書いています。25日、26日は宣伝活動と赤旗新聞のおすすめです。熱田区千年や南区新瑞橋での消費税増税実施させない署名の訴えにたくさんの方が応えてくれました。小学生の女の子が「小遣い減っちゃう。これ以上上がるのはイヤ」と言って署名していました。高齢の方も主婦の方もみんな「家計がたいへん」と言われていました。世論調査では「暮らしに影響が出る」と答えた方が92%におよんでいます。中小業者の方も「営業が続けられない」と嘆いています。日本の産業を支えている技術の宝庫、中小業者が減 
っていけば経済活動そのものが壊れてしまいます。何としても実施させない輿論を広げていきましょう。「消費税に頼らない別の道があります」と具体的な提案をおこなっている日本共産党を大きく伸ばしましょう。


26日朝は熱田区六番町での署名活動のあと原水爆禁止世界大会に参加された方の報告と長崎で被爆された方のお話を聞きました。「3月11日の大震災で、黒い津波が家々を押し潰す様子を見て「早く逃げて」とテレビに向かい叫んだと。とっさにコンビニ駆け込み「東北の人が困るといかんから、これを送ってちょうだい」と言って募金を従業員に託したと言われました。そのあとすぐに福島第一原発の事故を見、「東京の水道水から安全基準を超える放射性物質が検出され、お母さんたちが粉ミルクを溶くのも恐れパニックに陥ってた。母になった時の記憶がよみがえり、我が子に母乳を与える時間も幸せに浸れず不安と闘っていた。子どもが体調を壊すと病院に連れて行くのが怖く、心のなかで不安を感じていた」と。被爆者と知られるのが怖く名古屋に移ってきた。夫には被曝のことを隠し続けてきた。54歳で亡くなった夫の位牌に毎日花をそなえて詫びているといる。昨年11月、「もう隠さない」と姉と「病気は被曝のせいだと国に認めて欲しいと訴訟を起こされました。最後に姉の体が動くうちに長崎に帰り、原爆死没者の名簿に納められているだろう両親と見つからなかったいとこのテル姉ちゃん、幼友達のチズちゃんに「私は生きてもうこんな年になったよ。今がんばっているのよ」と話したいと言われました。長い長い67年です。こんな思いをさせてきた原爆、核兵器はなくさなければなりません。もちろん原発もなくさなければなりません。最後に「原爆と人間」のパネルを一部紹介します。




2012年8月25日土曜日

宣伝、パレード

 24日、朝の宣伝は熱田区です。消費税増税案強行採決への怒りが広がる中、2つの国政選挙で増税推進勢力を追い詰め、中止させましょうと訴えました。いつも通る人が「今日も頑張っていますね」と声をかけてくれました。
 午前中は先日つどいに参加してくださった方に入党のおすすめに訪問をしました。1時間ほどいろんなお話をしましたが、入党の決意はしていただけませんでした。アイスコーヒーごちそうさまでした。
 夕方は港区での宣伝です。毎週金曜日におこなわれてる首相官邸前や関西電力東海支社前の「原発なくせ」の集会に呼応してでの宣伝です。通行人の方が「いつ選挙になるんですか。今度は共産党に頑張ってもらわんと」と言って激レしてくれました。

夜は熱田区でのちょうちんパレードです。中部電力熱田営業所前がスタートです。熱田警察が前にあり、警察の人が見送りに来てくれ、終了後も迎えてくれました。「西田さん、やっぱり当初の計画通り、原発なくすまでやるんですか」と聞かれ「頑張ります」と答えました。毎回警察には道路使用許可願いを出しています。

2012年8月23日木曜日

月曜から今日まで

 20日(月)は港区での赤旗新聞のおすすめです。3人の方が新しく購読してくださいました。どなたも支部の人のご近所で日頃のお付き合いでの信頼をされていらっしゃる方ばかりでした。夜は地区委員会の活動者会議です。
 21日(火)の朝は瑞穂区での朝の宣伝からスタートです。この日のビラはあっと言う間になくなり、日本共産党への関心の大きさを感じました。今、消費税、原発、オスプレイなど、多くの国民の願いと日本共産党が一致している点が広がっています。尖閣諸島、竹島問題などについても日本共産党への信頼も広がっているように感じます。
 23日、午前は熱田区でのつどいです、久しぶりの開催ではじめての参加の方もいらしゃいました。「日本共産党は怖いというイメージがある、名前を変えないのかな、という人にどう話したらいいだろう。」という人。「共産党だけがいいことしている。」という人など、いろんな意見をいただきました。日本共産党は誕生して90年、戦前、戦中はどんな迫害を受けようとも先輩たちは「戦争反対」を貫いてきた。市田忠義書記局長のお母さんは、アカにだけはなるなと言っていたが、自分の子ども4人の生命を奪った戦争に反対した共産党のことを知り、80歳で党に入られた話や共産とはコミュニティ、みんなで話し合って物事をすすめていく党の姿なども紹介しながらお話をしたら「よくわかった」と言ってくれました。
 午後は新婦人の「絵手紙」です。今日は娘が職場の人からいただいた珍しいかぼちゃがあったのでそれを描きました。上の作品が先生、下の作品が私です。やっぱり先生です。

2012年8月19日日曜日

12日から18日は休暇、伊良湖、郡上

 休暇は7日間。大阪での墓参り、そして実家でのんびり、17日、18日は姉妹で姉の還暦祝いをかねて伊良湖に旅行です。写真は恋路ヶ浜、ホテルの前の海岸のヤシの実でのオブジェです。ホテルでのんびり過ごし、2日目は海岸や周辺の散歩を楽しみました。昼過ぎに帰り、午後からは4区後援会の郡上おどりに参加です。



夜は宴会で挨拶をさせていただき、そして郡上踊りの会場に出かけ踊りを楽しみました。この日の課題曲は「三百」で初めての曲です。19日は街並み散策で祇王水や買い物、お昼にはお蕎麦を食べ満喫できました。自分へのお土産は郡上踊りの手ぬぐい、さるぼぼのストラップです。いよいよ明日からは解散総選挙にむけ活動再開です。みんなで日本共産党躍進に力を合わせようと確認して名古屋に到着です。





南区後援会のみなさんと